めずらしいハード幾何学図形の考察 現実の咎める(とがめる)べき過ち

9月2日の魚座満月では通常の幾何学アスペクトとは異なる幾何学図形の配置がありました。

これは初学者のかたでは分かりずらいものなのであくまでも占星術の応用知識学習者に対しての考察所見です。

マイナーアスペクトの考察

この魚座満月ではミスティックレクタングルという長方形の幾何学図形が組まれています。

この図形は60度+120度+60度+120度の4つのソフトアスペクトの角度が組み合わさった長方形の図形を織りなします。

この図形のどの天体がその長方形を作っているか?というとオーブの狭いもので分かりやすく挙げるとして水星、土星、海王星、金星です。土星と冥王星、木星は合とします。

海王星については木星とであればオーブがタイトになります。ぶかっこうなミスティックレクタングルだと思うといいです。

ソフトアスペクトでは一部のオーブが少し緩めのレクタングルなのですがマイナーアスペクトで組まれた長方形の図形はぶかっこうではありません。

非常にオーブが狭く綺麗な長方形が組まれています。美しさとは裏腹にマイナーアスペクトの全てハードアスペクトで組まれた長方形です。

その組み合わせは赤い丸をつけた天体です。月+土星+金星+太陽です。

1ハウス、2ハウス、7ハウス、8ハウスにかかる長方形です。8ハウスというのは人の生死を象徴したハウスです。

ソフトアスペクトのレクタングルのハウスは1ハウス、2&3ハウス、7ハウス、10ハウスのレクタングルです。

通常、マイナーアスペクトはオーブが狭いものしか採用しませんが、オーブ表を確認すると全てがオーブ1度以内で組まれている非常にタイトな長方形図形でもあります。

トランジットでどこまでマイナーアスペクトを採用するか?とか、どこまでの事象がでるか?というのは非常に分かりにくいため見解が分かれるところだと思いますが

私自身はマイナーアスペクトも有効だと考えます。マイナーアスペクトは外の現象でももちろんでますが内的面でもより強く出るとも思います。

月と金星=オーブ0のセスキコードレート
金星と太陽=オーブ0のセミスクエア
太陽と土星=オーブ1のセスキコードレート
土星と月=オーブ1のセミスクエア

135度も45度も困難を象徴してくるマイナーアスペクトですが、違いとしたら45度は困難からの成長が考えられますが135度は困難にぶつかっても成長しがたいという配置です。

その太陽には135度の山羊座の土星がかかっています。

占術家というのは「学び」という言葉をよく使います。けれど「学び」という言葉を使ったら、それ以上の言葉がないため、そこから学習していく意味合いは弱いです。

相性図にしても「あなたとその人は学びの相手です」と言ったとしたら、そこにはそれ以上に該当する言葉がないということです。

けれどよく考えると、じゃあその学びって何なの?となります。それが天体象意だったり星座の特徴づけだったりアスペクトだったりするわけです。

つまりは「学び」という言葉で終わらせてしまうことは最も簡単でそれ以外の要素を考えなくなるということにもつながります。

だから私は相性図についてもネイタルについても「学び」という言葉で単純解釈をしないように気を付けてはいますが、

ハードアスペクトなら学びであって、土星ならば学びであってというように、「学び」という一言は非常に簡単な一言であって、どれにでも当てはまってしまうということです。

 

今回の天体象意で考えてみます。

8ハウスの現実的な乙女座の柔軟星座の太陽(自己)と7ハウスの蟹座金星がセミスクエアです。

困難な配置としては現実の自分自身がやりたいこととパートナーシップに関することについては困難や蟹座の集団性や共同体からの否定が生じるということとも考えられます。

そしてそこには他の影響を入れないでわざと閉鎖的にしていきます。

同じようにもう一つのセミスクエアを見ていきます。

2ハウスの魚座の月と1ハウスの山羊座の土星です。今まで築きあげてきた自分ルールや自己権力と閉鎖の中で白黒はっきりさせずあやふやにしようとする能力です。あいまいにするための考えが何か思いつくのかもしれません。またほかの映像で責任をあやふやにする能力の配置でもあります。

Tスクエアのハードアスペクトを加えるのなら男女関係の問題やその表現がいきすぎたり、その責任から逃げるような配置でもあります。

135度のほうもみてみましょう。

8ハウスの乙女座太陽と1ハウスの山羊座土星。自分自身で地道に精密に築き上げてきた現実世界の組織や権力。そして自己責任の力、生死への現実的な考え方、そして自分自身の運命については困難が生じ、成長し難い部分があります。

時間を空けたらまた似たようなものが作られるかもしれません。

ただし、太陽にはオーブの緩い木星がトラインを組みます。表面的には太陽が成長していますがマイナーアスペクトの象意を加えていくと精神面では実は大きな成長面をみせていないのです。

7ハウスの金星と2ハウスの月。身の周りの対人関係やプライベートの幸せや所有物への考え方です。このあたりもほぼ変わらないととれます。

そして135度の象意の中には「怒り」という象意もあります。

メジャーアスペクトで火星と冥王星が90度が組まれているときなので、いつもより怒りが表面化しやすい時なのですが、そこにプラスしてマイナーアスペクトで内面から込みあげてくる怒りというのも強いように思います。

 

私は海王星×海王星の90度の出来事の際に「他者の人生をまるでゲームかのように考えている他者」に出会わされました。

今、リアリティー番組で人の生死に関わる問題の事象が相次いででてきていますが数か月前に最悪な事態を招いた事象が出て、多くの人が考えさせられた問題であるにも関わらず、企画内容やその趣旨を読むと目を疑うほどのものです。

いくつかの意見を覗いてみましたが企画の内容を読んだら嫌悪感を感じるという意見や他人の人生を見せものにしていると言った意見もあり私も同様の意見を持ちました。

だからここに書いています。

恋愛や結婚、そして他者の人生の時間というものは、その企画や制作側、そして出演者が考えているようなまるでゲームかのような、そして見せもののようなものなのでしょうか?

どういった価値観なら「それが面白い」ととらえられて上席からもこのような社会情勢の中でOKが出るのか知りませんが現実というのは現実の中の生身の人間が生きている場所です。

他人の人生をまるでゲームのように考えられて犠牲になった人たちの現実の人間側の気持ちというのはどれだけの人が分かるでしょうか?

そして、「出来事」からしっかりと学び、内省し、制作側や運営側にたつ人間がよく考え、人として大事なことを知っていたり、変わってさえいれば「防げたこと」だとも私は思います。

なぜなら、それ以前に似たようなことが起きていて、考えるきっかけは何度もあったはずだからです。

ましてや生きている年齢を重ねているのなら、なおさら誰かが咎めることができたのではないでしょうか。

今までの年よりも2020年は生き方だとか働き方だとか人の生活だとか自分の人生だとか考えるきっかけは多かったはずです。

何も学んでいない人たちというのは40代や50代には実際には多いのです。数字さえ出ていれば、その内容や企画に誰もNOと言わないのです。そうやってやがてはどんどんと過激になり行き過ぎる。今までそうだったからです。

もしも、過去の出来事から「強いもの」の一人が「真に学んでいたら」助かる命があっただろうということです。

今回のこの魚座満月では、あまり見かけないマイナーアスペクトのはっきりとしたオーブの狭い長方形があります。

そして、もう一つ。マイナーアスペクトによるエリスを含んだリボン型にも似た幾何学アスペクトも同じようにタイトに組まれています。

 

人それぞれのアスペクトによる現象や解釈はもちろん異なります。

ならば私が言えることとしては「現実の中で咎めるべき過ち」というのがあるのではないかと思います。

なぜなら、数々の出来事から学んでさえいれば「避けられた」事象だと思うからです。

※とがめるとはあやまちや罪を指摘し、非難するという意味です。

 

人は簡単にこう言います。「関係者のみなさまには~」と。

けれど、それ以前に同じ事象を経験した人たちは「あれだけ重大な事象や犠牲者がでたのに、まだ同じことをしている人たちがいる」「また同じことを繰り返している企業がある」「またこの人は同じことをしている」と思う人がいたとしても然るべきではないでしょうか。

それを経験したり、他人のゲーム感覚の犠牲になった人達の悔しさだとか憤りだとか、その思いとか、あなたは分かるでしょうか。

出来事から一つ一つを学び自分を改めていく人もいれば、幾度とない出来事を通しても学ばない人がいます。

自分の身の上に起こらなければ他人ごととしてしか考えない人もいれば、自分の身の上におきているのにも関わらず他人事としてしか考えない人もいます。

あなたは現実の中でそんな人と出会ったことがあるでしょうか。

 

人は簡単にこういいます。「お悔やみを申し上げます」と。

どんなに悔いていると言ったとしても、人が命を失ってからでは何もかも遅いのではないでしょうか。

今まではゲームとして笑いごとで済んでいたかもしれませんが、命が失われたら笑いごとにはならないのです。なぜなら人の生命はゲームじゃないからです。

 

人の人生をゲームのように扱う。そしてそれらを見世物にする。

まるで他人の生死よりも自分自身の仕事の立場や巨大権力、数字への考え方のほうを優先し守るかのような配置です。

ネイタルチャートにもゲーム感覚について示されているものなのではないでしょうか。

「力をもった強いひと」に言いたいのですが人の現実の人生とか生きている時間はゲームではありません。

現実の「一人の命」であることをよく考えていただきたいのですが、現実で実際に逃げたようにゲームでは罪から逃げることができたのかもしれません。

けれど、命を失うような「場」を作り、その状況を再び招いたのなら、それはまぎれもない咎められる過ちで「現実の強いものの罪」なのではないでしょうか。

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