7月21日蟹座新月2:33☽蟹座0度。特定分野の集団化の出発へ。外の世界に向かうよりも身近なものへ従う日常へ。1デイレッスンストアカで開催中《名古屋》5時間でマスターあなただけの西洋占星術星読み基礎講座が愛知の趣味・ライフスタイル人気講座ランキング4位にランクインしました☽
星や天体、アスペクトは 淘汰という意味などありません

天体、星座、ハウス、アスペクトに星が淘汰するという意味などありません

占星術を学んだ人は増えていますよね。占星術を学んだことで星の配置が意味することをなんとか読み解きたいと星や自分自身について知ろうと学ぶことは素晴らしいことだと思います。

けれど私は思うのです。どこにそんな意味があるのだろう?という情報が散見されるのも事実ではないでしょうか。

 

「淘汰」とはどういう意味だろうか?

星を学んでまだ浅い時ならば「淘汰」という言葉を使うかもしれません。少し長めに占星術を学んでいるならば「淘汰」という言葉は疑問に感じるはずです。講師側でそんなことを教える人などいないと思うのと理解は日を追うごとに深まるからです。

今、占星術の発信をする人たちにおいて「淘汰」という言葉を簡単に使っている人たちを多く見かけますよね。しかも集合無意識に対して。「淘汰」という意味を知っているでしょうか?

淘汰と似た類義語で「排除」というものも何が違うのか一緒に調べてほしいところです。

「淘汰」という言葉をご存知でしょうか。話し言葉として使う機会は少なくも、「自然淘汰」などの形で、新聞やニュースではよく使…

 

占星術家はこういうのです。どういう意味で淘汰という言葉を使っているのかは知りませんが「淘汰されるでしょう」と。いったい何が、そして誰が淘汰されていくのでしょうか?

不倫をしていても詐欺をしていても嘘をついている人でも淘汰されていない人なんて山ほどいますよね。

むしろそんな人に「いいね」だってたくさんついています。あなたに占星術を教えてくれた人が「この意味は「淘汰」です」とそう教える先生がいるのでしょうか?

講師側で象意を淘汰と教える先生なんておそらくほとんどいないに等しいのではないでしょうか。

もしも教えた受講生が「淘汰」という言葉を使っているのなら教えた講師側って少し悲しくなるのではないでしょうか。

講師側はそんなことを教えるために象意や占星術を教えているわけではないと思うのです。

「受容」とはどういう意味だろうか?

これからは女性の受容の世界だとスピリチュアルの各分野で言われているので、そういう意識を持っている場合のほうが多いと思うのですが、すべてを受容することなどもちろんできませんよね。人間には感情があるからです。

ましてやそこに8ハウスというハウスの意味を学ぶと、憎しみや悲しみ、行き場のない感情や自分ではどうにもならない運命下の現実というものを知り9ハウスの学びにたどりつく経緯が分かるはずなのですが、なんの天体が?どこのハウスが?淘汰を意味するのでしょうか?土星でしょうか?冥王星でしょうか?月でしょうか?人が星から淘汰されるのでしょうか?

淘汰という言葉を使う場合は、自分自身は淘汰されていなくて淘汰された側は悪いことをしたからだ、良いものだけが残るのだ、選ばれたものだけが残るのだとそれは星の意図なのだということを意味していることと同じことではないでしょうか。

「あなたが星から淘汰されたと考える人」の人生をそれって馬鹿にしていないでしょうか?占星術家って淘汰という言葉を使えるほどそんなに立派で偉いのでしょうか?

「淘汰されていないから、いつも善いことをしていて、だから素晴らしくて、星からも人からも選ばれていて、淘汰されたものは善くないことをしていたり選ばれていないからだ。淘汰されていないものこそ選ばれしもので素晴らしいだ。選ばれているものが本物だ」。「淘汰」という一言で、そういっていることと同じことではないでしょうか。

選ばれているものでも詐偽や偽物って、いつの時代でもありますよね。同じ不倫をしている事実がある人でも、一方では許されて、一方では激しく非難される時だってありますよね。冥王星がみずがめ座に移ろうが魚座に移ろうが、おそらく同様に社会に混在していくと思います。

世の中って別に偽物でも存在していくし人気のものっだってたくさんありますよね。多くの人からは煙たがられるような世界でも、好きな人から見れば天国のような世界だってありますし犯罪を犯して捕まった人たちや嘘をついている人だって社会で活躍していたり生きていますよね。

どんなものでも1つ1つが混在して成り立ち不公平さというものはもともとあるのが現実世界だということがホロスコープを見ていると理解できるのですが星が淘汰するという視点はいったいどんな視点なのでしょうか?

ほぼほぼ「淘汰」と言っている側が優位な視点で、「淘汰された」とされる側が下位であるということではないでしょうか。

しかも社会に残るものや残る遺産というのは常に善いもの(良いもの)だけでしょうか。

受容というものは自分に適するものだけを受け入れるということではなく受け入れ難いものでも時に受け入れなければならない事実や制限、現実、そして感情、運命というものがあるということをまず知ることではないでしょうか。

浅い言葉の世界が残すもの

現代人というのは浅い言葉を作ることを本当に好みますが、聞いていてよく分からない言葉って多くないでしょうか?

わたしは心理の世界で「マウンティング」という言葉を使っている人の意味が分からないと思いマウンティングってナニ?どういう状態?と思い調べてしまったほどです。

調べてもまったく意味が分かりませんでした。意味が分からないため使うことはありません。

「それはマウンティングだ」という風に感じているのは、その受け手側の心や感情だけなのではないでしょうか?

なぜなら私は、それが「マウンティングだ」という風に考えたことなどないからです。そしてその言葉を好む人は人をカテゴリー下の中に勝手に集めては1人で勝手にマウンティングだと言い張るのではないでしょうか。相手のことなどよく知らないのに。

私にはまるで双子座が意味する他人のことをまるで「ゲーム」のように考える言葉にしか思えないのです。

人の存在って「ゲームではない」ですよね?私は、なにがマウンティングだとか淘汰だとか平気で言っているのか?と思います。

ましてや複雑な精神の世界のことなのにです。淘汰するために星が動いている意図などありません。

淘汰という視点でしか物事が見られないのなら占星術はなんて浅い学びなのだろうかと思います。星から淘汰された人は、それではいったいどうなるのでしょうか?

星は淘汰された人たちの存在をどうするのでしょうか?倒産した会社は星の淘汰なのでしょうか?星がその人や会社の存在を消すのでしょうか?その人が悪だから?その会社が悪だから?世の中に残るのは善い人、善い会社だから残るのでしょうか?星が選択をするのでしょうか?

お客様を表面的に騙している会社だって長く存続していますし、むしろ健全に一生懸命に頑張っている会社が潰れたりもしますよね。

一方的な犠牲者や犠牲になっている側のほうが一生懸命耐えていたり努力をしていることだって本当に多いものですよね。

どのアスペクトが淘汰する、淘汰されるアスペクトなのでしょうか?だったらみんな淘汰されたくないですよね?善良に生きれば必ず回避できるのでしょうか?

星ってそういうことではないですよね。あなたの人生って星から淘汰されるものなのでしょうか?淘汰されていないものが本物で、淘汰されたものは選ばれていないから、だから偽物なのでしょうか?本物だったら必ず選ばれるのでしょうか?

アスペクトの個人差というものが分かっているのなら淘汰なんていう言葉など使わないと思います。90度をもっている人たちなどあまりにもたくさんいるからです。

そんなの淘汰でもなんでもありません。他者のホロスコープをそんなに見ていない人がそういうのではないでしょうか。知識だけで。

人の人生って一人一人個人差があり、しかも大切なものなのに、星が淘汰する個人を選別をすることなど意味しているでしょうか。

星や天体、アスペクトは 淘汰という意味などありません
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